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鹿児島地方裁判所 昭和29年(ワ)247号 判決

原告 財団法人鹿児島精神衛生協会

被告 日本国有鉄道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金十八万五千円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「訴外石原忠良は日本国有鉄道鹿児島信号通信区に勤務する公務員であるが、昭和二十八年十一月一日に、鹿児島鉄道管理局長(以下管理局長という。)の管理にかかる被告所有の業務用自動車(鹿四-六二、以下本件自動車という。)を、管理者の許可を得ずに無断で格納中の車庫から持ち出し、しかも自動車運転の免許もうけていないのにこれを運転し、鹿児島刑務所裏の道路上において原告所有の一九五一年式スチユードベーカー二扉セダン乗用自動車に衝突せしめ、その結果原告に対して次のとおり合計金十八万五千円の損害を与えた。すなわち、右損害額中内金十万円は被害による右自動車の値下り額、内金六万二千円は同車の修理費、内金四千円は右修理のため鹿児島福岡間を往復した自動車の車輪損耗額、内金四千円はその往復に要したガソリン費、残金一万五千円は右修理中運転手が監督のため福岡市に滞在した費用である。ところで、右事故発生当時、管理局長は、訴外石原忠良が前記のとおり本件自動車を無断で持ち出して運転したことを全然知らなかつなものであるが、管理局長としてはその任務である運輸業務を遂行するに当り、その営造物の管理については万全の措置を講ずべきであつて、その管理にかかる本件自動車が無断で持ち出されたことを知らなかつたということではその責をつくしたものとはいえず、ひつきよう右事故は管理局長が国家賠償法第二条第一項にいう「公の営造物」というべき本件自動車を管理するについて重大な過失があつたことに基くものであり、したがつて右営造物の管理に瑕疵があつたことによつて生じたものというべきであるから、原告は同条に基き、被告に対して前記損害金十八万五千円と同額の賠償を求める。」と陳述し、本件自動車自体に瑕疵の存在したことは主張しないと釈明した。〈立証省略〉

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の事実中、訴外石原忠良が日本国有鉄道鹿児島信号通信区に勤務する公務員であることおよび同訴外人が本件自動車を管理者の許可を得ずに無断で持ち出し、しかも自動車運転の免許もうけていないのにこれを運転し、原告主張の日時場所において、一九五一年式乗用自動車に衝突せしめたことは認めるが、同自動車が原告の所有かどうかは知らない。その余の事実はこれを否認する。そもそも(一)本件自動車は、国家賠償法第二条第一項にいう「公の営造物」ではない。すなわち、被告日本国有鉄道は、行政法上いわゆる公共団体であり、特定の国家目的の遂行のために国家から提供された資金や設備をその存立の基盤として独立の法人格を認められたものであるから、公法上の財団法人であり、またそのうちの営造物法人であるが、この営造物の物的構成要素である被告の個々の財産のうち、例えば停車場、線路、駅前広場、機関車、客貨車のように被告が直接その本来の業務の用に供するために所有し、直接公用に供しまたは供するものと決定した財産は、いわゆる「公物」に属し、前記条項にいう「公の営造物」ということができようが、本件自動車のように、被告が直接本来の業務の用に供するものではなく、単に被告の現場機関である鹿児島信号通信区において、必要に応じ内部的に器材器具等を輸送するために備え付けたに止まる経済的資本の一部をなすに過ぎないものは、被告の所有に属する「私物」であつて、同条項にいう「公の営造物」ではない。(二)かりに、本件自動車が「公の営造物」であるとしても、原告主張の事実は、前記条項にいう「管理に瑕疵があつた」場合に該当しない。すなわち、右「管理に瑕疵があつた」場合とは管理の不完全によつて営造物自体が通常もつべき安全性を欠く状態にある場合を指称するものと解すべきであるから、本件自動車自体について何等異状がなく、安全性の欠除がみられない限り、同条項にいう「管理の瑕疵」を理由として被告の責任を追求することは失当である。ひるがえつて、本件自動車の管理については、被告の現場機関である鹿児島信号通信区長において、「自動車使用内規」を制定し、(イ)自動車の定置場所、(ロ)運転取扱方、(ハ)使用許可者および許可事項、(ニ)自動車の鍵の保管方および保管責任者、(ホ)自動車の整備清掃の回数等を定め、そのうえ、常時自動車の濫用を禁止し、保管取締上の注意を与え、その使用に関して厳重かつ細心の注意を払つており、管理上何等欠くるところはなかつたのであるが、本件事故はたまたま日曜日に、監督者の不在のすきに乗じ、運転免許も有しない者等が勝手に本性自動車を車庫から持ち出し、自己の私用に盗用した結果発生したものであつて、管理者としてかかることは予想し得なかつたことで全くやむを得なかつたものというほかはない。(三)なお、かりに、本件自動車の管理に瑕疵があつたとしても、右管理の瑕疵と本件衝突事故との間には相当因果関係がない。すなわち、原告は管理者が本件自動車の持ち出されたことを知らなかつたことをもつて管理の瑕疵であると主張するのであるが、このような瑕疵があると本件のような衝突事故が通常発生するものとは到底いえないから、右管理の瑕疵と本件衝突事故との間には相当因果関係はないものといわなければならない。よつて原告の本訴請求は失当であるから、これに応ずることはできない。」と陳述した。〈立証省略〉

理由

訴外石原忠良が被告日本国有鉄道鹿児島信号通信区に勤務する公務員であることおよび同訴外人が昭和二十八年十一月一日に本件自動車を管理者の許可を得ずに無断で格納中の車庫から持ち出し、しかも、自動車運転の免許もうけていないのにこれを運転し、鹿児島刑務所裏の道路上において、一九五一年式乗用自動車に衝突せしめたことは当事者間に争いがなく、証人樋口一夫の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二、証人樋口一夫、同内田幸雄、同石原忠良、同西村武介(第一回)、同岩橋義則の各証言を総合すると、右一九五一年式乗用自動車が原告の所有であることおよび本件自動車の管理者である管理局長は、本件事故発生当時、本件自動車が無断で持ち出されて運転された事実を全然知らなかつたことを認めることができる。しかして原告は、管理局長が本件自動車の無断持ち出しを知らなかつたことをもつて、国家賠償法第二条第一項の「公の営造物の管理に瑕疵があつた」場合に該当する旨主張するので以下この点について審究する。

まず、本件自動車が同条項にいう「公の営造物」にあたるか、どうかについて考えるに、被告日本国有鉄道が行政法上いわゆる公共団体であり、公法上の財団法人たる営造物法人であることは多言を要しないところであるが、この被告の個々の財産のうちいわゆる「公物」と称すべきものは、例えば停車場、線路、駅前広場、機関車、客貨車のように直接公共の用に供すべき財産、すなわち、公共用物に止まらず、被告の使用する建物や器具のように被告自体の事務的需要に役立たすべき、財産、すなわち公用物をも含むものであつて、かかる「公物」はすべて同条項にいう「公の営造物」にあたるものと解するのが相当である。

しかして証人西村武介(第一回)、同内田幸雄の各証言を総合すると、本件自動車は、被告の現場機関である鹿児島信号通信区において、必要に応じ内部的に器材、器具等を輸送するために備え付けられ、主としてその目的に使用されていることを認めることができるけれども、前記の理由により本件自動車は前示の公用物たる「公物」というべく、したがつてまた同条項にいう「公の営造物」にあたるものと解すべきである。

次に、本件事故発生当時における管理局長の本件自動車の管理状態が同条にいう「管理に瑕疵があつた」場合に該当するか、どうかについて考えるに、ここに「管理に瑕疵がある」というのは、営造物の維持、修繕、保管行為等に不完全の点があり、これがために営造物自体が通常もつべき安全性を欠く状態にあることをいうものと解すべきところ、前記釈明のとおり原告は本件自動車自体に瑕疵の存在したことは主張しないのみならず、成立に争いのない乙第一号証、証人西村武介(第一、二回)、同岩橋義則、同内田幸雄、同石原忠良の各証言および検証の結果を総合すると、被告の現場機関である鹿児島信号通信区長は、管理局長の委任を受け自動車の管理について、「自動車使用内規」を制定し、(イ)自動車の定置場所、(ロ)運転取扱方、(ハ)使用許可者および許可事項、(ニ)自動車の鍵の保管方および保管責任者、(ホ)自動車の整備清掃の回数等を定めてこれを実施せしめ、もつて常時本件自動車の使用および保管については、取締上相当の注意を払つていたこと、本件自動車は右信号通信区と鹿児島電力区および同保線区との共同使用になつている車庫に右両区の自動車とともに格納されることになつており、その関係上各区それぞれ随時の必要に応じて右車庫からその区の自動車を搬出し各自の業務上に支障を来すことなからしめるために右車庫自体には施錠の設備をせず、本件自動車自体に鍵を施し、その合鍵二個を右信号通信区の本区および分区の各運転手に一個宛を厳重に保管せしめる慣例になつていたこと、本件はたまたま当日が日曜日で監督者の不在中に、本件自動車の本区の運転手で同車の合鍵を保管していた訴外内田幸雄が、前記石原忠良とともに私用をはたすため友人の柿内実宅に行くべく、同車の施錠をはずしたうえこれを使用許可者に無断で右車庫から持ち出し、右柿内宅まで運転して同所に停車せしめて置いたところ、さらに右石原が単独でこれを運転していた際発生した事故であることを認めることができるが、以上の事実に照らすと、管理局長の本件自動車の管理自体に特に責むべきものを認めることはできず、本件自動車が管理局長の管理を離れるに至つたのは、全く前記内田、石原両名が故意に前記「自動車使用内規」に違反し、内田においてその職務上の地位を濫用して監督者の意表に出た暴挙をあえてしたがためであるから、右の事実をもつて本件事故発生当時における管理局長の本件自動車の管理、特にその保管行為の不完全によつて該自動車自体が通常もつべき安全性を欠く状態にあつたものとは到底認めることができず、したがつて原告のこの点に関する主張はこれを認容することができない。

されば原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森田直記 山本茂 永井登志彦)

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